アドバイザリーパネル・インタビュー: 林建太
急いで言葉にしないほうがいいのかもしれない。「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」林健太さんが、コロナ禍のなかで考えていること
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林建太(はやし・けんた)さん
林建太(はやし・けんた)
視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ代表
1973年東京生まれ。1995年より介護福祉士として訪問介護事業に携わる。2012年より「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」発足。全国の美術館や学校で、目の見える人、見えない人が言葉を介して「みること」を考える鑑賞プログラムを企画運営している。
人は、作品をとりまく雑多な情報も含めて“鑑賞”している
事務局:昨年3月に行なったアドバイザリーパネルミーティングで、林さんは新型コロナウイルスが感染拡大している状況を受け、「家にこもりながら、考えたり行動したりしていきたい」とおっしゃっていました。1年が経ち、「障害」に対する考え方や、ご自身の価値観に変化はありましたか?
林さん(以下、敬称略):変化はありましたが、まだその最中で、「こう変わった」と言える状態ではありません。僕自身はこの半年くらいは家にこもりがちで、外に向けて何かを発信することも、インプットすることもできずにいました。読める本も、ささやかな個人の日常が綴られたエッセイのようなものに限られてしまって。そうした状況を無理に変えようとするのは不自然に思えたし、状況に名前をつけて発信するのも急ぎすぎのような気がしたんです。
いろんな人が「withコロナ」のようなキャッチフレーズを我先にとつくったり、「この状況だからこそ」とポジティブな部分に目を向けて発信したりしていましたが、僕はそれについていけない……というか、その波に乗ってはいけないような気がして。ずっと、じっとしていました。
「障害」に対する考え方ですが、オンライン化が進んでこれまでイベントに参加できなかった方がアクセスしやすくなった一方で、オンライン環境がない方は参加できずにいますよね。社会環境が変われば障壁も変わるので「障害」という概念もちょっとずつ変わっているのかなと思います。ただそれも、1年でがらりと変わったということではなく、いまもちょっとずつ変わっている最中だと捉えています。
事務局:「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」は、この1年間、どのように活動されていましたか?
林:コロナ以降ずっと活動を休止していましたが、2020年の10月頃から少しずつワークショップを再開していきました。これまで通り、視覚障害者と晴眼者と複数人で美術館に行き、作品について語り合いながら鑑賞するという内容です。
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東京都写真美術館「澤田知子 狐の嫁入り」展で実施したオンラインワークショップの様子
オンラインでも初めてワークショップを行なったのですが、成立するのかどうか心配でした。リアルの場で作品を鑑賞するとき、参加者は作品に近づいたり離れたりよそ見したりできますが、オンラインの場合はみんなが同じものを見ることになります。情報が均質化してしまう。それを崩すために、作品を映すカメラとは別に、参加者の要望に合わせて空間を映すライブカメラを用意しました。
こうした試みを通して感じたのは、人は作品を鑑賞するときに、作品を取り巻く雑多な情報も一緒に見ていたんだな、ということです。隣の人の横顔とか、展示室の雰囲気とか、美術館の外の景色とか。最初にオンラインでワークショップを行なったのは渋谷PARCOの前にある小さなギャラリーでの展示で、通りを都バスやタクシーが行き交っていていました。「いま、東京の渋谷で時間が動いていて、そのなかで展示されているんだ」ということも含めての鑑賞体験なんだ、と感じました。
事務局:ワークショップ参加者からは、オンライン化に対してどんなご意見がありますか?
林:今は、オンラインに切り替えたことで誰が取り残されてしまったのか、まだわからない状態です。ただ、すでに何度かオンラインのワークショップを開催していた時期に、以前よく参加してくださった視覚障害者の方から、「林さん、最近活動されていないようですが、お元気にされていますか?」とご連絡をいただいて。その方には情報が届いていなかったのですね。Zoomの使い方もよくわからないということで、今後はこうした新しいツールの使い方を教えたり、個別に相談を受けたり、といったことが必要かなと思っているところです。
事務局:そのほかに、コロナ禍で見えてきた課題はありますか?
林:オンラインかオフラインか、といった方法論が語られるときって、中身の議論がおろそかになってしまいがちです。たとえば、演劇やダンスといった空間性が大事なものを単純にオンラインに置き換えてしまうと、それはもはや演劇ではなく、ただの映像になってしまう。作品そのものの質や魅力が無くなってしまう可能性があるので、慎重になる必要があります。まだ多くの方はオンラインでの演劇鑑賞を経験していないので、行きつ戻りつしながら、議論を重ねたほうがいいと思っています。
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東京都写真美術館「至近距離の宇宙 日本の新進作家vol.16」展で実施した対面でのワークショップの様子(撮影:石原新一郎)
打ち上げ花火ではなく、日常に根づくものに
事務局:True Colors Festivalでは2020年、オンラインに活動の場を移し、オリジナルミュージックビデオの配信や、ヒップホップにまつわるトークイベント、多様性とインクルージョンをテーマにした映画祭を開催しました。それぞれのプログラムのなかで、同時通訳や手話、英語・日本語字幕など、さまざまな試みに挑戦しました。
林:活動が進んでいることを嬉しく思います。ただ、映画祭のキャッチコピーに「One World, One Family」を使っていらっしゃることが少し気になりました。当初このコピーはTrue Colors Festival全体に使うというお話もあったけれど、初回のアドバイザリーパネルミーティングの際に、「One Family」という言葉から、「既存の家族制度から排除されている人、息苦しさを感じている人に疎外感を与えてしまうのではないか」という意見が出て、取り下げた経緯がありましたよね。
事務局:はい。みなさんからのご意見を反映し、True Colors Festival全体のコピーに使うことは保留にしました。ただ、日本財団では世界中でコミュニティから排除されてきたハンセン病の罹患者・回復者の方々をはじめとする社会的マイノリティの方々の支援活動を行う際に、このメッセージを発信してきました。ここでいう「Family」は既存の家族制度を示すような意味合いではなく、「地球上のみんなが互いに家族のように支え合っていこう」というメッセージとして使っています。Lady Gagaが昨年開催したオンラインのチャリティコンサートは「One World: Together At Home」という名称でした。コロナ禍で世界中が共通の危機を体験した今、「One World One Family」ということばもコロナ禍以前とはまた違う意味合いを持ってきたと思いますし、このコンセプトを広めていくことは重要だと考えています。
そうした背景から、アドバイザリーパネルのみなさまには「フェスティバルの最後に行うコンサートにはこのコピーを使いたい」とメールでご連絡し、今回の映画祭でも世界中の方に伝わりやすいメッセージだと考え採用しました。
林:詳しい説明をありがとうございます。批判をする意図はなく、ちょうど今日(※2021年3月17日)、札幌地裁で「同性婚を認めないのは違憲」という画期的な判決が出たこともあり、言及した次第です。
公式の場で家族という言葉を使えば、多くの人は“そのときその社会で広く受け入れられている家族像”を思い描くと思います。その言葉を使うことがどんなメッセージを発信することになるのか、どう受け止められるのかを想像し、言葉を補っていくことが大切ですね。
事務局:このコピーを目にした方々が、「自分は対象となっていない」と感じてしまわないように、メッセージの打ち出し方を考えていかなければいけない、とあらためて感じているところです。また、日本財団としては、特別養子縁組の推進も行っており、多様な家族像が社会の中で受け入れられていくための取り組みも進めていますので、思いは共有していると思っています。ご指摘をありがとうございます。
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オンラインでのヒアリングの様子。画面左上が林さん
事務局:今年の3〜4月には、昨年度に一旦中止となったリアルでの演目を再開しながら、今後もオリンピック・パラリンピックとは切り離して、オンライン・オフラインでのイベント開催を続けていければと考えているところです。
林:難しい状況のなかで模索しながら動き続けていらっしゃることに心から敬意を表したいです。
オリンピックという大きなお祭りとずれることには、いい側面もあるのではないかと思います。打ち上げ花火的に終わるのではなく、いかにその後の社会や日常にソフトランディングしていけるかを考える時間ができたのではないでしょうか。僕も協力しますので、みなさんもお身体に気をつけながら、頑張ってください。
※ヒアリングは2021年3月17日、Zoomを使って行いました。
文:飛田恵美子
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