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「一体、どうやって演奏しているの?」——True Colors Festivalのステージを観て、こんなふうに驚いたことはないでしょうか。パフォーマー同士でも、同様の疑問を抱くことがあるようです。
2022年6月に開催したアゼルバイジャンでのTrue Colors Festivalや9月のSPECIAL LIVEに出演してくださったギタリストの川崎昭仁さんは、とても手足の麻痺があるとは思えない多彩でテクニカルな音色を奏で、会場を沸かせました。
そんな川崎さんからひとつの相談が舞い込んだのは、2022年11月のこと。True Colors Festival THE CONCERT 2022(以下、THE CONCERT)に出演する短い両腕のギタリスト兼ピアニスト、ジョナタ・バストスさんと楽屋で少しお話がしたい、という内容でした。実は川崎さん、バストスさんのように足でギターを弾くミュージシャンの姿に触発され、ギターを始めたのだといいます。
もしかすると、SPECIAL LIVEやTHE CONCERTを観て、同じように「自分も演奏したい」と思った方もいるかもしれません。せっかくおふたりが揃う機会なので、それぞれの演奏方法や、自分の奏法を確立するまでの苦労、音楽の喜びについて、少しと言わずたっぷりと語り合っていただき、その様子を公開することにしました。
SPECIAL LIVEでの左からRIMIさん、川崎さん、平原さんによるパフォーマンス
川崎昭仁(かわさき・しょうじ)
1967年長野県生まれ。幼少の頃、原因不明の発熱により手足が麻痺し、車いすに。ネックを上から握る独自の奏法でギターを演奏する。2022年9月22日に開かれたTrue Colors SPECIAL LIVEでは、穴澤雄介や平原綾香とのコラボパフォーマンスを披露。
THE CONCERTでのバストスさんによるギター演奏。(C)True Colors Festival THE CONCERT 2022
Johnatha Bastos(ジョナタ・バストス)
1994年ブラジル生まれ。生まれつき両手がなく、ピアノは短い両腕と顎で、ギターは両足で演奏する。2022年11月19日・20日に開催したTHE CONCERTでは、母シモーネさんのボーカルとバストスさんのピアノによるセッションやギター演奏を披露。
対談は、THE CONCERTの2日目、2022年11月20日の本番前に収録しました。撮影:渡部晋也
「足で演奏できるなら、自分の手でも演奏できるかもしれない」
Q: 川崎さんは昨日、THE CONCERTでバストスさんの演奏を聴いたそうですね。いかがでしたか?
川崎さん(以下、敬称略):YouTubeでは拝見していましたが、やっぱり生演奏は迫力がありますね。音はもちろん、演奏している姿もかっこよかったです。
バストスさん(以下、敬称略):ありがとうございます。僕もInstagramで川崎さんの演奏を拝見しましたが、音がすばらしいなと思いました。
Q: おふたりはどんなきっかけでギターを始めたのですか?
バストス:子どもの頃からロックが好きで、5歳のときにOficina G3というバンドのCDがほしいと母におねだりしました。最初はドラムを叩いていましたが、14、5歳の頃にギターを始めました。やっぱり、ロックと言えばギターなので。
川崎:ギターに憧れたときに、足で弾けるだろうとすぐにイメージできましたか?
バストス:母が自分のギターを床に置いてくれたので、足で弾いてみたんです。普段から日常動作を足でやっていたので、ギターも演奏できるだろうと思いました。腕は皮膚が弱いので、足のほうが弾きやすいだろうという考えもありました。
川崎:僕は中学生のときにレッド・ツェッペリンを見て、ジミー・ペイジに憧れたんです。ただ、僕の場合は「自分には弾けないだろう」とやる前から諦めていて、レコードを聴いたりビデオを観たりするだけでした。でも、あるときテレビでバストスさんのように足でギターを弾く方の姿を見て、すごく驚いて。どうやって弾いているのか全然わからなかったけど、足でも演奏できるなら、僕の手でもできるかもしれないと思ったんです。だから、今日はバストスさんとお話できることをとても楽しみにしていました。
バストス:そう聞いて、いまここで自分の奏法を見せられることをうれしく思っています。色々な障害のある方の演奏している姿を見ると、勇気やインスピレーションをもらえますよね。
Q: バストスさんがギターを始めたときは、同じように足で演奏する方を参考にしたりしましたか?
バストス:自分が始めたときは誰も知りませんでした。一年くらいしてから、ニカラグア出身の両腕のないギタリスト、トニー・メレンデスさんの存在を知って励まされました。
川崎:僕がテレビで観たのもまさにその方です。
Q: おふたりともギターを始めたときは、自分と同じような身体の方が演奏している姿は見たことがなかったのですよね。どうやって自分の奏法を確立していったのですか?
THE CONCERTでのバストスさんによるピアノ演奏。(C)True Colors Festival THE CONCERT 2022
バストス:ピアノも弾くので、音楽のことはわかっていました。どうすればいいのか、方向性は理解していたんです。でも、ギターはまったくわからないところからのスタートでした。最初はオープンで音を出すことを覚えて、次に足で押さえて音程を変える方法を自分で見つけていきました。
川崎:僕は楽器の演奏とは無縁で育ってきたので、まずギターの仕組みやコードの構成、音楽理論を勉強して「こういうふうに弾けばいいのかな」と自分で考えていきました。
Q: いい演奏ができるようになるまでに、苦労したことはありますか?
バストス:最初はとにかくコードを押さえるのが痛くて仕方なかったです。指を開くのが大変で、足を痛めてしまって。人には「足はギターを弾くためにあるものではないからね」と言われました(笑)。だけど、神様が僕にくれたのは足だから。学校の勉強より何より、足でギターを弾く練習を一所懸命していました。
川崎:僕はバーでしか押さえられないので、ギターのチューニングを曲に合わせて変えているんです。そのチューニングを考えるのは大変でした。これはいまだにそうですね。でも、練習は楽しかったので、苦労とは思いませんでした。指が痛いとか皮がむけるとか、そういった苦労は多少ありましたけど……。
バストス:どんなギタリストも、そうしたフェーズは通るものですよね。
川崎:そう思います。でも、足の皮のほうが厚くていいかもしれませんね(笑)。
バストス:たしかに、足のほうがちょっといいかもしれません(笑)。
川崎さん、バストスさん、それぞれの演奏方法を紹介
Q: では、どうやって演奏しているのか説明していただけますか?
川崎:僕のギターは一見普通のギターに見えるかもしれないけど、実はオーダーメイドで、抱えやすいようボディを小さめにしています。ピックアップのところにローランドのギターシンセが内蔵されていて、iPadでチューニングしています。握力が1kgしかなくてピッキングが弱く、音の伸びが得られないので、シンセの音を足しているんですね。コードはバーでしか押さえられないので、例えば1~3弦を開放で鳴らすとEマイナーになるから、ずらして押さえればFマイナーやGマイナーが弾けるんだと思いついて、色々試していきました。
エフェクターはバストスさんが使っているものとほぼ同じだと思います。演奏するときは台を使って傾斜をつけ、車いすの前輪でペダルを踏んで切り替えています。
川崎:ソロも、キーをセットしておけば簡単に弾けます。ただ、アドリブが効かないので、事前にフレーズを何パターンか用意しておき、セッションではその場で切り替えるようにしています。だから頭は使いますね。でも、昔はライブをするとなると、曲に合わせてチューニングを変えたギターを数本用意する必要がありました。それがいまでは1本で済むから、いい時代ですね。
バストス:すごいですね。プログラムが難しいことはよくわかっているので、技術を駆使しているところが本当にすごいと思いました。インテリジェンスを感じます。僕はITが得意じゃなくて最近DAWをいじりはじめたばかりなので、ものすごく興味深いです。でも、何より音楽が本当に素敵ですね。
*DAW:Digital Audio Workstationの略、コンピュータを使った音楽制作
川崎:ありがとうございます。トニー・メレンデスさんの演奏を見て、「バーでコードを押さえているのかな?」と考えて、自分でも試してみました。本当にいいヒントをもらったと思っています。バストスさんも同じでしょうか。どうやって演奏しているのか、すごく興味があります。
バストス:僕は自分専用にギターを作るとほかのギターが弾けなくなると思ったので、自分自身をギターに合わせることにしました。最初に弾けるようになったのはオープンのGメジャーで、コードを覚えたらCメジャー。その次に小指を使うことを覚えて、今度は川崎さんが手の指でしているのと同じように、足の裏の親指の付け根にあるふくらみで押さえられるようになりました。ほかの人とセッションするときはコードワークが必要になるけど、単音弾きの方が好きですね。
足の指を駆使してコード演奏も。撮影:渡部晋也
川崎:YouTubeではソロを弾いているイメージが強いですね。弾き方はなんとなく想像できていたけど、コードワークはどうしているんだろうと気になっていて……今日、謎が解けました。
バストス:それはよかったです。僕はOficina G3のメンバーのジュニーニョ・アフラムというギタリストを尊敬していて、このギターもジュニーニョさんのモデル。彼がスライド奏法をよく使うんです。自分が好きなジュニーニョさんのフレーズとペンタトニックをミックスしたりします。
川崎:間近にバストスさんの演奏を見て、共感する部分もあったし発見もありました。自分にも取り入れられるよう考えてみたいです。
Q: それぞれの奏法には、一般的な奏法にはない強みやメリットもあるのでしょうか。
バストス:そんなふうに考えたことはありません。自分にはこの奏法だと考えて、常にいいものにしていこうという気持ちで演奏しています。
川崎:よく、ギターを始めたけどFのコードが押さえられなくて挫折してしまう人がいます。でも、僕のように色々な機械を使ってチューニングをすれば、誰でも弾けるんですよ。自分の弾き方をもっと広めて、いろんな人にギターを弾いてもらえるといいなと思います。
あと、僕は手に力を入れると勝手に震えてしまうんですが、これで速弾きができます(笑)。長い時間はできないけど、一小節だけとかね。これは僕にしかできない技だと思います。
実力を評価されたことで、「車いすのギタリストと呼ばれてもいい」と障害を受容できた
撮影:渡部晋也
Q: 演奏活動を続けてきて辛かったことや「もうやめてしまおう」と思ったことはありますか?
バストス:最初にテクニックの問題で躓いたのがスウィープピッキングです。絶対にできないと思いました。でも、ある日YouTubeで、手に障害のある方がスウィープピッキングをしているのを観たんです。やめようと思っていた自分が恥ずかしくなり、あきらめることをあきらめました。
川崎:僕はバストスさんとはちょっと違って、できないことをできるようにするのではなく、できることを伸ばしてどういう音を出していくかを考えるようにしています。それが何より楽しいんです。やめようと思ったことは一度もありません。ギターがないと自分でいられないとすら思っています。
アルヴィン・ロウさん。(C)True Colors Festival THE CONCERT 2022
足でドラムを叩くアルヴィン・ロウさんが、昨日のTHE CONCERTで「僕はロックスターになる」とおっしゃっていましたね。ギターを始めた当時のことを思い出して、改めて闘志に火がつきました。
バストス:それぞれ違うスタイルや個性を持った人たちと一緒に音楽をすると、その人達から力をもらいますよね。
Q: さきほどの質問の反対で、音楽活動をしていてうれしいと感じる瞬間はどんなときですか?
バストス:一番幸せなのは、メッセージをみんなに伝えることができたとき。多くの人が、神を信じること、自分を信じることを忘れていると思います。僕は、障害を持った身体でも、神を、自分を信じることで困難を乗り越えられると考えています。それが伝わったと感じるとうれしいですね。あと、やろうと思っていたソロがうまくできたときも。
川崎:僕はバストスさんのように大きな志があるわけじゃないけど、バンドでやることにこだわっています。ドラマーがいて、ベーシストがいて、ボーカリストがいて、その中で自分がギターを任されているということがすごくうれしい。そこに自分の居場所があって、自分の存在価値があると感じられるから。そうやって障害のあるなしに関係なく一緒にステージに立って音を奏でている姿から、結果的に共生社会のメッセージが伝わるといいなと思っています。
バストス:川崎さんが演奏されている姿を見て、音楽を聞いて、完璧だと感じました。自分が信じていることに真摯に向き合い、それを発信している様子がすばらしいと思います。
撮影:渡部晋也
Q: 音楽を続けてきて、印象に残っているエピソードはありますか?
バストス:ブラジルのテレビ番組に出て演奏したとき、視聴者の女性から「辛くて死ぬことを考えていたけれど、あなたの演奏を観て生きる力が湧いてきました」というコメントが届いたんです。それは本当にうれしい出来事で、ずっと心に残っています。
川崎:20歳のとき、ヤマハが主催するコンテストに出場して決勝まで残り、ベスト・ギタリスト賞という賞をいただきました。ただ、僕はそれがあまりうれしくなくて……。コンテストに障害のある人が出たのは初めてと聞いて、「同情して“頑張ったで賞”をくれたのかな」と感じたんですね。当時はひねくれていたから(笑)。
それで終了後に審査員の方に聞いたら、「そんなことをしたらほかの出場者に失礼でしょ、今日聴いた中で君が一番いいと思ったからこの賞をあげたんだよ」と言われたんです。ずっと“車いすのギタリスト”と呼ばれるのが嫌で、コンテストでも特別視されたんじゃないかと疑ってしまったんですが、実力で判断してくれたことを知り、「ちゃんと自分を認めてくれる人はいるんだ、自分が一番自分を信じていなかったんだ」と気づきました。そのとき初めて障害をちゃんと受容することができたのかもしれません。「車いすのギタリストと呼ばれてもいいや」と思えるようになりました。
撮影:渡部晋也
できないことがあったとしても、それを乗り越える自分なりの方法を見つけ出せばいい
Q: 今後の夢はありますか?
バストス:これまでと同じように、信仰と生きる力を伝えつづけていきたいです。もちろん、演奏技術も磨いていきたいし、新しい場所で新しい人に演奏を届ける機会を得ていきたいですね。
川崎:僕はバストスさんより二周りほど歳が上だし、進行性の病気ではないけど普通の人よりは身体の衰えが早いと思うので、正直いつまでギターを弾けるかと考えると不安です。でも、30代の頃は「50代になったら弾けないかもしれない」と思っていたけどいまこうして弾けているので、弾けるかぎり弾きつづけたいですね。娘に、かっこいいパパの姿を長く見せたいです。
バストス:きっと、ずっと弾いていると思いますよ(笑)。
川崎:そうかもしれません。いつか一緒にセッションしましょう。
バストス:ぜひ!本当に、一緒に演奏したいです。
撮影:渡部晋也
Q: おふたりのように、何らかの障害があるけれど音楽をやってみたいと思っている方へのメッセージをお願いします。
バストス:最初に躓いて諦めてしまう人も多いけど、たとえできないことがあったとしても、それを乗り越えるための自分なりの方法を見つけることができれば、絶対にできると思います。私たちがそのお手本になれればうれしいです。
川崎:まさにそのとおり。おそらく、僕やバストスさんには、教則本に書かれているコードの押さえ方なんて無意味ですよね。でも、それだけ音楽は自由だということです。最初に自分がやりたいと思ったそのパッションを大事にしてほしい。それがあれば、あとはアイデアでどうとでもなると思うので、どんどんチャレンジしてほしいです。
(取材・文:飛田恵美子 撮影:渡部晋也 ポルトガル語通訳:服部章子)