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2019.11.07
「君たちはスーパースターだ!」 ダンスが少年少女たちの心をつかんだ日――東日本少年矯正医療・教育センター・交流プログラム
未来の生きる力に
「イチ!イチ!イチニ!」
9月11日午後、東京・昭島市の『東日本少年矯正医療・教育センター』の体育館に、施設に在院する少年少女たちが続々と集まってきた。教官らの合図に従い、黙々と行進し、整列していく。好奇心と不安がないまぜになった表情を浮かべる人や、やや伏し目がちな人、前を向いてただ一点を見つめる人。これから何が始まるのだろうか。
彼ら、彼女らの前に現れたのは、障害のあるダンサーによる多国籍ダンスユニット「ILL-Abilities(イルアビリティーズ)」の面々だ。今日は、彼らがファシリテーターを務めるダンスワークショップが行われる交流プログラムの日だ。
『東日本少年矯正医療・教育センター』は、2019年4月に設立した少年矯正施設。首都圏にあった2つの少年院を統合してできた。家庭裁判所で保護処分として少年院送致決定がなされた少年少女のうち、身体に著しい障害のある(身体又は精神に障害や疾患を有する)者、発達障害等を有しつつも、心身に著しい障害がない者などが在院している。今回、「イルアビリティーズ」が訪問した目的は、ダンスを通じた交流で、入所者の少年少女らの社会復帰のきっかけをつくることにあった。背景には、日本財団による「職親プロジェクト」の協力がある。職親プロジェクトは、「就労」、「教育」、「住居」、「仲間づくり」の観点から、刑務所出所者、少年院出院者の社会復帰を支援する取り組みだ。
今回のワークショップを法務省側で主導した、同省矯正局少年矯正課の山本宏一企画官は言う。
「(入所する)彼ら彼女らは、必ず社会に戻っていく。だから、生きる力を育くんでほしい。明日のこと、1年後、10年後、自分はどうしていきたいか、という前向きな気持ちを持つ。今回の企画が、そのきっかけの一つになってくれたら、と。ハンディキャップを強みに変える『イルアビリティーズ』を見て、何かを感じ取ってくれたらいいなと思います」
「挑戦し続けよう」
「コンニチワ!僕らはプロのダンサー。これから皆さんにダンスを披露するよ」
ワークショップは、「イルアビリティーズ」のリーダーであるルカ・“レイジーレッグス”・パトエリの言葉で始まった。
まずはウォーミングアップだ。メンバーたちがそれぞれのダンスを繰り出していく。ブラジル・リオ出身のペルニンハを皮切りに、チリ出身のチェチョ、ロサンゼルス出身のクジョー、オランダ出身のリドゥーと続く。ダンスの技が決まるたびに、在院者からは拍手が巻き起こる。最初は出し惜しみするようだった拍手が、徐々に大きくなっていった。場が温まると、ルカがメンバーたちのバックグラウンドを紹介していく。「イルアビリティーズ」のメンバーは、それぞれが異なる障害を持ち、身体的な特長を強みに変えてダンスに打ち込んでいる。
ルカは参加者を前に言った。
「今日は、あるメッセージを伝えるためにここに来ました。それは私たちのポリシーである『NO EXCUSES、 NO LIMITS(言い訳なし、限界なし)』という言葉です。この言葉には『挑戦し続けよう』という意味が込められています」
片脚のダンサー・サムカの涙
続いて、少年少女たちも身体を動かすセッションへと移っていく。間隔を開けて体育館いっぱいに広がると準備完了。韓国出身のDJクロップスが紡ぐナンバーに合わせ、クジョー、リドゥー、ペルニンハがファシリテート。ダンスの動きをリードする。ルカが言った。
「皆とにかく彼らの動きを真似するんだ。さあ立ち上がって!」
すぐにフォローに入れるように、「イルアビリティーズ」の他のメンバーも周囲を取り囲む。慣れない動きに最初は戸惑う参加者たちだったが、同じ動作を繰り返していく内にコツを掴んでいく。最後はクジョーに先行するようにキレのある動きをする人もいた。前後左右のステップ、足をクロスさせて一回転。軽快なBGMに合わせ、教官たちも笑みを浮かべながら、共に思い切り身体を動かした。
入場のときは固かった少年少女たちの表情が次第にほぐれていく。「今のこの場を楽しむ」。言葉は発しないが、そんな思いで夢中でダンスを楽しんでいるように見えた。
そんな中、一人目に涙をためる者もいた。「イルアビリティーズ」の最年少メンバーであるブラジル出身のサムカだ。参加者らが身体を動かす様子を見て、途中から堪えきれなくなり、ダンスにも身が入らないようだった。
「とても感情的になってしまった。これまでのどの体験とも違う、素晴らしい体験だったから。ダンスの力と、人が喜ぶところを見ることができた。これが僕らの使命だと思う。最初は皆シャイで、閉じているように思えた。やってみたいけど、できない。そんな風に感じたんだ。でも最後は皆が踊っていたよね。とても嬉しかった」
小さな動きから伝わった気持ち
少年少女たちへのダンスレッスンをリードしたクジョーにとっても、今回のワークショップは特別な体験だったという。彼はこう強調した。
「重要なのは、僕らが彼ら、彼女らを動かしたんじゃなく、ダンスがそうさせたということ。誰がワークショップをリードしたかなんて関係ない。大切なのはそこにダンスがあったことなんだ」
クジョーによれば、これまでにも「イルアビリティーズ」として海外の矯正施設でワークショップを行った経験はあるという。しかし、海外での経験に比べると今回のワークショップは異なる点も多かったようだ。その心情は、泣いてしまったサムカを気遣う言葉からも垣間見ることができた。
「彼(サムカ)にとっては、子どもたちが自分らしく振る舞えていないことが最初はショックだったようだ。このような環境では確かに規律は大切。でも、規律と表現する自由は両立できると思っているんだ。ここでは規律は十分身につく。あともう少し、表現を豊かにする工夫や、子どもたちが自由に表現する場を与えられたら、と感じた」
それでも、クジョーは子どもたちが発するポジティブなエネルギーも感じ取ったと話す。難聴者であるクジョーにとって、ダンスという身体表現は大切なコミュニケーション手段でもあるからだ。
「彼らのボディランゲージは、とても小さく、繊細でした。それでも、彼らが何を感じ、何を考え、伝えようとしているのか、僕らには十分に伝わってきたよ」
全てのプログラム終了後、再びルカがマイクを受け、参加者に向けてこう切りだした。
「君たちはアスリートのマインドを持っている。全員がスーパースターなんだ。僕が『We are』というので、皆は『スーパースター!』と言ってくれ」
ルカの掛け声が響くと、抑えていたものが取り払われたような、少年少女たちの大声が体育館に響き渡った。
Text:Naoto Yoshida
Photo: Ryohei Tomita