THIS IS HIP-HOP! A True Colors Digital Event-Report
ヒップホップが巨大なプラットフォームとなり、多種多様な人々が表現活動を繰り広げている
大石始
This Is Hip-Hop!: 英語音声、国際手話、英語字幕動画 アーカイブ動画
現在、ヒップホップ・カルチャーは世界中に広がっている。YouTubeのようなオンライン動画共有プラットフォームや音楽配信サーヴィスが浸透した2000年代後半以降、若者たちのライフスタイルは大きく変容したが、そのなかで世界各地にローカルなヒップホップ・シーンが形成されることになった。今やありとあらゆる町にラッパーやDJ、ダンサーがいる。ヒップホップ・カルチャーは世界規模のムーヴメントとなったのだ。
True Colors Festival初のオンライン・トーク・イヴェントとして2020年9月26日に開催された「This Is Hip-Hop!」は、ヒップホップという文化そのものが巨大なプラットフォームとなり、多種多様な人々が表現活動を繰り広げていることを証明するイヴェントとなった。
パネリストとして参加したのは、異なる文化・社会的コンテキストに由来するアーティスト6組。ケンドリック・ラマーやエミネムのステージでも手話通訳を担当しているアンバー・ギャロウェイ・ガレゴ(アメリカ)。多国籍ダンスチーム「イル・アビリティーズ」を率いるルカ・”レイジーレッグス”・パトエリ(カナダ)。2000年代中盤から活動を続けるラッパーのサイコジ(インドネシア)。「アジア太平洋障害者芸術祭」にも出演していたラッパー、ウィールスミス(シンガポール)。インドの古典歌唱のバックグラウンドを持つシンガー/ラッパー、スパーシュ・シャー(アメリカ)。そしてガーナ人の父親と日本人の母親を持つ3兄弟(NASA、なみちえ、まな)で構成されるTAMURA KING (日本)。司会進行を務めるのは、イギリスのジョンジー・ディーだ。
70分強に渡って熱い会話が繰り広げられたが、中心的な議題となったのが「文化としてのヒップホップの力」、なかでも「人と人を繋ぐ力」だ。ヒップホップは、70年代のニューヨークで持たざる人々のための文化としてスタートした。地域のエンターテイメントとして、あるいは貧困地域のコミュニティー活動として始まったわけだが、そうした原点についてさまざまな意見が交わされた。
「私にとってヒップホップというのは、やっぱり人とのつながりだと思うんです。人々が一緒になって、いろんなことを学び、そしてヒントを与え合うんです」(アンバー・ギャロウェイ・ガレゴ)
「ヒップホップはまた、とてもオープンなメディアだと思うんです。誰でも自由に参加できるし、何か特別なスキルや知識は必要ありません。自分たちの周りで起きていることを表現できるものだと思います」(まな/TAMURA KING)
その一方で、暴力と金についてもラップしてきたヒップホップは、その過激な表現からたびたび批判の対象ともなってきた。「このカルチャーは私にとっていろんなものをまとめるという文化であり、そしてそのルーツは、暴力ではなくて紛争の解決にあると思う」というジョンジー・ディーの発言を皮切りとする議論では、ヒップホップの持つポジティヴな側面と、いまだ拭い切れないネガティヴな側面の両面が語られた。
そのように「ヒップホップ」という大きな枠組みの中で会話が進められた前半に対し、中盤からは個別のシチュエーションに議論は及んだ。ガーナ人の父親と日本人の母親のもと日本で育ったTAMURA KINGは、そうしたシチュエーションで育ったこと自体が自分たちの創作のインスピレーションになってきたことを吐露。サイコジが英語とインドネシア語でフリースタイルラップを披露すると、それに答えるようにスパーシュ・シャーはインド古典歌唱のスタイルを引用したラーガ・ラップを、シンガポールのウィールスミスもフリースタイルを聴かせるなど、途中からラップを通じたコミュニケーションが繰り広げられたのも「This Is Hip-Hop!」ならでは。アメリカのスタイルのコピーではなく、それぞれの土地で育つなかで培ってきたものをヒップホップというアートフォームのなかでどのように表現するか。各自の格闘とその成果が垣間見えるシーンだった。
コロナ禍以降、国を跨いだオンライン・イヴェントが盛んに行われている。そのことで多くの人々に視聴機会が与えられる一方で、障害のある人に対するアクセシビリティーが意識されたイヴェントは決して多くない。「This Is Hip-Hop!」は手話と日本語字幕のついた形で配信されたが、こうした配信スタイルは今後浸透していくことだろう。近年、ケンドリック・ラマーやチャンス・ザ・ラッパーなど著名ラッパーたちのステージに手話通訳者が上がるケースも増えており、ヒップホップ・シーンでは障害当事者にも開かれた表現方法がいち早く探られている。ケンドリック・ラマーらのステージで活動するなど、自身もそうした試みの先頭に立つアンバー・ギャロウェイ・ガレゴはこう話す。
「さまざまな障害の形がありますが、すべてのグループにアクセスを提供できれば素晴らしいことが起きると思うんですよ。彼らに対して世界を開けば、力を与えることができます。そうやって私たちもヒップホップの世界から関与することができる。たとえば、耳が不自由なヒップホップ・アーティストもいます。今までチャンスがなかった人たちです。彼らはステージに上がりたくて戦っています。彼らにチャンスを与えましょう」(アンバー・ギャロウェイ・ガレゴ)
「This Is Hip-Hop!」でもっとも感動的なシーンとなったのは、アンバーの活動に触発されたパネリストたちから、こんな声が上がった場面だ。
「今おっしゃったことにインスピレーションを得ました。私も手話を学ぼうかなと思っています。私の声が聞こえない人にも私のメッセージが伝わるようにしたい」(スパーシュ・シャー)
「私はダンサーですが、手話を覚えることができれば、ダンスに手話のスキルを取り込むことができると思う。そうすれば、私のダンスももっと意味のあるものになると思うんです」(まな/TAMURA KING)
「世界のすべてはヒップホップとつながると思うんですよ。そうやって新しいものを作ることができるんじゃないかな」(NASA/TAMURA KING)
ひとりの意思は、ヒップホップというプラットフォームの上で拡張し、新たなアクションを生み出していく。そして、そのアクションを始める権利は、すべての人々に開かれている。自身も障害当事者であるルカは、力強く断言する。
「ヒップホップとは自分自身であること。確かに車椅子に乗っていたらマイケル・ジャクソンのようにムーンウォークはできないけれども、しかしそれがヒントになって、独自のムーンウォークができると思うんです。ヒップホップというのは、そういうことなんですよね」(ルカ・”レイジーレッグス”・パトエリ)
最後に今回のイヴェントのために制作されたミュージックヴィデオが初公開。ウィールスミスがプロデュースしたビートに合わせ、パネリストの面々がラップを披露。4都市から集まった20人のダンサーによるフリースタイルも画面を彩った。「多様性の先に向かおうぜ」というなみちえ(TAMURA KING)のラップが、「This Is Hip-Hop!」のその先にあるものを照らし出した。
なお、今回のパネリストのうち4組はアジア系。アジア人差別が激化する現在ならば、また異なるトピックが語られることだろう。社会の変化にヴィヴィッドに反応しながら、問題解決の方法を探ってきたヒップホップ・カルチャーの原点について考えさせられるイヴェントとなった。
大石始
国内外の地域文化と大衆音楽を追いかけるライター/エディター。旅と祭りの編集プロダクション「B.O.N」主宰。主な著書に『盆踊りの戦後史』(筑摩書房)、『奥東京人に会いに行く』(晶文社)、『ニッポンのマツリズム』(アルテスパプリッシング)、『ニッポン大音頭時代』(河出書房新社)のほか、編著書に『大韓ロック探訪記』(DU BOOKS)や『GLOCAL BEATS』(音楽出版社)など。
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