True Colors CIRCUS
すべての身体と魂を祝福する都市の祝祭—「T∞KY∞(トーキョー)~虫のいい話~」レポート:大石 始
公演の様子(撮影:冨田了平)
すべての身体と魂を祝福する都市の祝祭—「T∞KY∞(トーキョー)~虫のいい話~」レポート
大石 始
日本に初めてやってきた西洋式のサーカス団は、1864年に横浜の外国人居住区で興行を行った中天竺舶来軽業(アメリカ・リズリー・サーカス)とされている。それから約160年。「日本で初めてのソーシャルサーカス・カンパニー」を謳うSLOW CIRCUS PROJECTが、日本におけるサーカスの歴史に新たな1ページを付け加えようとしている。
「ソーシャルサーカス」とはサーカス技術の習得を通じ、心や身体を育むことを目的とするプログラムのこと。近年、ヨーロッパを中心にさまざまな試みが進められており、シルク・ドゥ・ソレイユも社会貢献活動の一環としてソーシャルサーカスの学校を運営している。SLOW CIRCUS PROJECTは、そのソーシャルサーカスの理念を日本で実践するべく2019年にスタートしたカンパニーだ。
SLOW CIRCUS PROJECTの特徴は、障害のある人々とのものづくりやアートプロジェクトに取り組むNPO法人SLOW LABELが運営母体となっている点にある。SLOW LABELでは2014年から障害のある人々とサーカスのメソッドを用いたパフォーマンスの創作を続けており、SLOW CIRCUS PROJECTの試みは数年にわたるSLOW LABELの探求の延長上にあるわけだ。
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会場の池袋西口公園野外劇場グローバルリングシアター(撮影:冨田了平)
2021年4月24日、そのSLOW CIRCUS PROJECTの新作公演「T∞KY∞(トーキョー)~虫のいい話~」のメディア向け内覧会が行われた。本来であれば同月の25日、26日に本公演が予定されていたものの、東京で緊急事態宣言が発出されたことを受けて公演自体が中止に。同日に撮影だけが行われ、後日True Colors FestivalとSLOW LABELのYouTubeチャンネルで動画が配信されることになった。
会場の池袋西口公園野外劇場グローバルリングシアターに足を運ぶと、そこには一時の祝祭空間が広がっていた。場内は花や観葉植物で埋め尽くされ、会場の中央から外に向けて放射線状に布が張り巡らされている。本来であればこの公演は誰もが自由に出入りできるよう想定されており、通行人も巻き込みながら都市の祝祭を生み出すことがイメージされていた。緊急事態宣言の発出によりそうしたプランは実現したなかったものの、その舞台にふさわしい空間である。
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トウキョウ座のトッチとカオリ(撮影:冨田了平)
出演者・参加者はいくつかのチームに分かれている。障害のある人々を含むサーカスチーム。ダンサーやサーカス・アーティストらによるアカンパニスト(伴奏者)。「ダンスで福祉をデザインする」をテーマに掲げる団体、SOCIAL WORKEEERZ率いるアンサンブル。さらにはアクセスコーディネーター(障害のある人が参加するための環境を整える人)もサーカスチームを支える。SLOW LABELではアカンパニストやアクセスコーディネーターを育成する研修も実施しており、日々のさまざまな活動がこの日の公演に結実していたのだ。
配布資料には、公演のストーリーが次のように記載されている。――近くて遠い「T∞KY∞(トーキョー)」という名の森。ある時、森にいるはずのない人間が現れる。「トウキョウ座」ののぼりを掲げた旅芸人、トッチとカオリ。現代の東京から迷い込んだ二人が体験する、虫たちの世界。果たして二人と虫たちの運命やいかに?
ストーリーの中心となるのは、トウキョウ座のトッチとカオリだ。「T∞KY∞」の森に迷い込んでしまった二人は、本来そこにいるはずのない「人間」である。だが、ストーリーが展開するなかで虫と人間の境界線は曖昧になり、森の内部と外部は混ざり合っていく。いくつかの場面では登場人物が客席へと入り込み、演者と観客の境界線さえもが融解していった。そうした越境的な舞台空間のあり方にこそ、本公演の魅力のひとつがあった。
メンバーの構成上は、「障害のある人」と「彼らを支える人々」という区分が存在している。だが、サーカスチームの一部のメンバーは「障害者」としてこの舞台に立っているわけではなく、あくでも「T∞KY∞」の森を彷徨うひとつの生命として存在している。多くの観客はアカンパニストとサーカスチームの境界線をほとんど意識せずに観劇していたことに気付かされることだろう。ストーリーやパフォーマンスに魅せられているうちに、障害の有無をほとんど意識しなくなっていくのだ。
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カオリをメンバー一同で支える
それぞれの人物が持つ社会的役割・記号は、舞台空間のなかで揺さぶられ、再定義されていく。サーカスの演劇空間が、人々の身体を解き放っていく。障害のあるサーカスチームのメンバーだけではない。息を飲むようなエアリアル(空中演技)や激しいダンスシーンでは、アカンパニストたちの身体も解放されていく。本公演の目的のひとつに「障害のある人々との創作」があるのは確かだが、ひとりひとりの生命、ひとりひとりの身体に等しく光を当てるその様を見ていると、本公演の多様な意義が浮かび上がってくる。こうした公演が、池袋西口公園野外劇場グローバルリングシアターという公共空間で開催されたことにも意義があった。「T∞KY∞(トーキョー)~虫のいい話~」というこの公演は、あらゆる人々が行き来する現代都市ならではの祝祭でもあったはずだ。
祭りとは本来、神や仏、祖霊を奉り、農作物の豊穣を祈念するほか、悪霊を祓うための儀式という側面を持ってきた。多くの場合、神の前では人は社会的属性を捨て去り、魂に近い存在になる必要がある。だからこそ、性別を超えるために決まった装束を着用したり、顔を隠したりするわけだ。演者と観客の境界を越え、人と人以外のものとの分断を超えるこの公演は、祭りそのものでもあった。すべての身体を祝福し、すべての魂を祝福する都市の祝祭。コロナ禍の2021年春、東京の池袋では人と虫を主人公とする、極めてユニークな祝祭が開かれたのだ。
終盤では、立てられたポールからずり落ちるカオリをメンバー一同で支え、そこから背面に倒れこむのを受け止める場面が出てくる。ひとりの人物を多くの人々で支えようという、本公演では唯一といっていいメッセージ色の強いシーンだ。そこまでのシーンで丁寧に障害の有無を問うことなく、ひとつひとつの身体に焦点をあててきたからこそ、この場面のメッセージが観るものに強い印象を残す。
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ラストのダンスシーン
ラストのダンスシーンでは、ストーリーのエンディングと本公演を(たとえメディア向け内覧会という形であったとしても)実現することのできた喜びが重なり合い、各自の感情が爆発する。公演後にはSLOW CIRCUS PROJECTでクリエイティヴ・プロデュースを務める栗栖良依による挨拶も行われたが、感極まったその話しぶりには、この公演に込められた演出チームの思いも窺えた。
なお、この公演では手話通訳や筆談ボードが用意されたほか、スマートフォンを使うことによって日本語をはじめとする6か国語の字幕を見れるなど、さまざまな鑑賞サポートが試みられた。そもそもサーカスとは言語に頼らないパフォーマンスという側面もあり、そうした意味でも今後の可能性を強く感じさせる公演となった。
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エアリアルにチャレンジする様子(撮影:冨田了平)
大石 始
世界各地の音楽・地域文化を追いかけるライター。旅と祭りの編集プロダクション「B.O.N」。著書・編著書に『奥東京人に会いに行く』『ニッポンのマツリズム』『ニッポン大音頭時代』『大韓ロック探訪記』など。最新刊は2020年末の『盆踊りの戦後史「ふるさと」の喪失と創造』(筑摩選書)
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