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True Colors FASHION

「12人の心と体〜それぞれの葛藤が育んだ6つのコスチューム」True Colors FASHIONドキュメンタリー映像「対話する衣服」-リポート

12人の心と体〜それぞれの葛藤が育んだ6つのコスチューム

市川はるひ

True Colors FASHIONドキュメンタリー映像「対話する衣服」-6組の“当事者”との葛藤-

 本作は、ファッションデザインの私塾「ここのがっこう」の卒業生・在校生から6名のデザイナーを選抜し、それぞれ1人のモデルと組んで作品制作に挑む、という企画「True Colors FASHION」を見つめた映像作家・河合宏樹の監督によるドキュメンタリー映像だ。モデルたちは、さまざまな身体と心を持った6人。デザイナーとモデルは制作のため、本質的に1対1で向かい合うことになり、まずここに6組12名の“当事者”が誕生する。

  • 大前光市と市川秀樹:True Colors FASHIONドキュメンタリー映像「対話する衣服」-6組の“当事者”との葛藤-より

■プロのダンサー・モデルが多数参加

 今回モデルとして参加する者のほとんどは、身体的な欠損があったり障害があったりするダンサーやモデル。リオ・パラリンピック閉会式で一気に知名度を上げ、翌年には紅白歌合戦に登場した大前光市は、世界的にも知られる義足ダンサーだ。また、義足ユーザーのモデルばかりが出演する、ハイセンスなファッションショーとして知られる「切断ヴィーナスショー」に出演してきたモデル、須川まきこもいる。

 車いすユーザーの葦原海は、すでにモデル・タレントとして幅広く活動しているし、低身長のちびもえこは小人バーレスクダンサー。また、今回唯一の健常者、アオイヤマダは著名人のステージにも呼ばれる売れっ子の若手ダンサーである。このように、今回参加するモデルの6人中5人がすでに人前でのパフォーマンスに慣れていて、自己を表現するアイデアもも「表現したい」という思いも抱えている人たちなのだろう。

 そんななかで、人前に出るプレッシャーには慣れているだろうが、ダウン症スイマーのカイトだけは表現のプロではない。また、カイトは言葉で説明することには長けておらず、デザイナーの斎藤幸樹とストレートに意思疎通を測るのは難しそうである。カイト×斎藤幸樹組は、短時間で向かい合うという条件のもとでは、他より若干不利な要素を抱えているのではないか、と思えた。ところがいざ始まってみれば、どの組も順風満帆とはいかない。作品制作への取り組みの様子は6組6様だ。モデルの際立つ個性同様、デザイナーの想いもさまざまで、どの組もスンナリとは進行しない。

 また、コロナ禍でマスクが必須だから、お互いの表情がわかりづらく、コミュニケーションに影響するかもしれないという不安もあったのだろう。あるいは、逆にマスクでワンクッション置けるという安堵があったのだろうか。

 いずれにしても全ての組が「時間的にはシビア」という不安を抱え、打ち合わせから仕上げまで短期間でこなさなくてはならないというプレッシャーを感じているようだ。それぞれのデザイナーは、自分のパートナーとなるモデルがどんな個性を持っているかをより深く知ろうと対話をしながら、アイデア出しを始める。

  • 山縣良和(ここのがっこう):True Colors FASHIONドキュメンタリー映像「対話する衣服」-6組の“当事者”との葛藤-より

■6組12名、それぞれが苦闘したファッションデザインの過程

 打ち合わせの場面で、1番手として登場するのは、小人バーレスクダンサー・ちびもえこ×タキカワサリ組。タキカワは、もえこのバーレスクパフォーマンスを事前に見て、インスピレーションを感じており、積極的に自分のアイデアを語る。迎えるもえこは「私の気持ちを考えすぎたりしないで」「感じたままに表現してほしい」と応える。包容力あるもえこの言葉を受けて、タキカワは作品作りにどう挑むのだろうか。

 2番手は、イラストレーターでもある義足のモデル・須川まきこ×八木華組。初の打ち合わせを終えて、八木は「義足や障害についてどう思っているのか、須川さんに聞けなかった」と告白。「聞く・聞かない、どっちがいいのかわからない」「いや、今後まだ聞くかもしれない」とモヤモヤした様子だ。結果的に、後日八木は、須川がライフワークとして描いている「義足の少女」のイラストを介し、須川と義足について話し合うきっかけを見つけ、アイデアを広げていく。

 次は義足ダンサー・大前光市×市川秀樹組だ。初期の段階から、探り合いをせず、大きな声で勢い込んだように会話を進めている2人。時間がないことに焦りを感じているためか、市川が、湧き出るイメージを次々と大前に告げ、早いペースで突き進もうとしているように見える。そして山縣良和(ここのがっこう)から「まず一度自分のイメージを大前さんに伝える必要がある」とアドバイスを受ける。それをきっかけに、2人の間の会話は「対話」へと変化したように見えた。以降は、一歩深みを増した2人のやりとりが、制作現場の空間に響くようになる。

 そして、ダウン症スイマーのカイト×斎藤幸樹組だ。他の組と違い、直接的な会話がなかなか成り立たない2人の意思を伝えやすくするために、カイトの母が会話のサポートに入っている。斎藤は「事前に、絵を描いてもらうことで、会話しなくても具体的なイメージを掴む」というプランを立て、カイトに「好きなもの」の絵を描いてもらう。それをヒントにコスチュームを制作していく。そして後日、斎藤は作品制作中、カイトとの交流の中で思わぬ気づきがあったと語る。一方でカイトは、斎藤の制作した作品をまとうことで、自分の新たな一面を開放することになる。

 5組目は、両足欠損のモデル・葦原海×田畑大地組。「そのデザインのスカートは、私は、いやです」「車いすユーザー同士だから友だちになろう、という感覚が私にはわからないんですね」と、自分の考えをテキパキと語り、主張する葦原。そんな葦原を、田畑はポジティヴだと好感を持って受け止める。葦原本人からあふれ出るたくさんの情報から、田畑がインスピレーションを感じたのは「アリエル」というキーワードだった。このキーワードを共有したことで、2人の作品制作は大きく前進する。

 6組目はダンサー・アオイヤマダ×SiThuAung(ライアン)組。今回他の組と違い「自分が1人健常者モデル」という状況に戸惑っているアオイヤマダ。「私はこの企画にどう関わっていけばいいのか?」というアオイの疑問について、デザイナーのライアンと2人で話し合うなかで、この状況を逆手に取った斬新なアイデアが生まれていく。

 こうして、コミュニケーションする際に避けられない「戸惑い」と、作品作制作にかける情熱を行き来しながら、6人のデザイナーと6人のモデルによる、6つのコスチュームが完成する。限られた時間のなかで、デザイナーは「モデルがどういう人物なのか」を想像し、ある意味「思い込み」すらもエネルギーとしながら仕上げたようにも見えた。

 そして残る工程は作品を着衣しての撮影だ。ところがこの2020年11月下旬、折しも世間はコロナ騒動の只中にあった。このタイミングで緊急事態宣言が発令された場合、撮影の可否に影響するのかもしれない、という不安感が漂う。また、それ以前に「コロナ禍における、このファッションをテーマにした企画への考え方・姿勢」が大きな課題となって、12名の当事者のみならず、改めてこの企画のすべての関係者にものしかかり始める。ここで、年明けまでの間、誰もが「当事者」として思いを巡らせ、悶々とする日々を過ごしたのだろう。

  • 葦原海:True Colors FASHIONドキュメンタリー映像「対話する衣服」-6組の“当事者”との葛藤-より

■「当事者」をすみずみまで表現する映像作品

 東京に緊急事態宣言が発令されるも、いよいよ6組の作品制作はクライマックスを迎える。年明け、万全のコロナ対策を行いながら、撮影と映像制作が実施された。写真・構成はLILY SHU、音楽は蓮沼執太が担当。

 モデルとデザイナーの「対話」から生まれた6つのコスチュームが出揃っている。そして、6人のモデルが「自分だけのために仕上げられたコスチューム」を身にまとうと、スチール撮影が始まる。照明やカメラワークの効果を得ながら、6人のモデルたちがコスチュームの独自性を生かしながらポージングをし、表情を作って、画像に収められていく。

 もはやどのモデルの表情にも戸惑いや困惑は見えず、作品作りへの強い意欲が醸し出されている。傍観してきた私たち観客も、こうして完成された作品を味わいながら「当事者」たちがここに至るまでの道のりを、振り返らずにはいられない。

 撮影後、映像作品に使用するため、モデルの声を録音し、コスチュームの素材から聞こえる音までもマイクで拾う。繊細な企みを感じさせる作業である。こうして撮影されたスチール写真に録音した音声と音楽を加え、編集された映像作品が完成する。

 このドキュメンタリー最後には、2つのヴァージョンで収められている。「音声ガイド」と「バリアフリー字幕」のないヴァージョンと、ありのヴァージョン。直前に「両方の表現を体験してほしい」という制作者からのメッセージが流れる。

 言われたように2つのヴァージョンを体験すると、なるほど、本来音声ガイドとバリアフリー字幕を必要としない私たちが「あり」のヴァージョンを体験することは、思った以上に有意義だった。特に音声ガイドは通常のように視覚に飛び込んでくる映像を端的に説明しているものの、詩的な言葉が選ばれ、作品の世界観に寄り添い、一体化している。すみずみまでが「表現」。音声ガイドや字幕も作品の一部にする試みなのだ。

 このドキュメンタリー映像を観終えて考える。人と関わる際に相手の立場を「想像すること」はとても価値があることだ。しかしいくら想像して見ても、当事者本人の感覚にまで達するのは難しい。このドキュメンタリーに収められた多くの情報、そして完成された作品をすみずみまで体験することで「当事者」の輪郭が現れ、その入り口にようやく触れられたような気がした。

  • 河合宏樹:True Colors FASHIONドキュメンタリー映像「対話する衣服」-6組の“当事者”との葛藤-より

市川はるひ
ライター、得意ジャンルは映画。
映画作品が観るべき人に届くことを願い、webサイト「東京★ミニシアター生活」で、毎月数本の新作映画を紹介している。
https://www.minithea.tokyo/

True Colors Festival

歌や音楽、ダンスなど、私たちの身近にあるパフォーミングアーツ。

障害や性、世代、言語、国籍など、個性豊かなアーティストがまぜこぜになると何が起こるのか。

そのどきどきをアーティストも観客もいっしょになって楽しむのが、True Colors Festival(トゥルー・カラーズ・フェスティバル)です。

居心地の良い社会にむけて、まずは楽しむことから始めませんか。

ダンサー・森田かずよがスーパー銭湯で言われた「返金するので出て欲しい」という言葉

ダンサー

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