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True Colors ACADEMY

True Colors ACADEMY ディレクター座談会

「ダイバーシティの学び場」は
どうつくられたのか

「ダイバーシティ」というテーマに多くの人が触れる機会をつくり、社会の“暗黙のルール”や、自分にとっての無意識な“当たり前”を「ズラす」ことから多様な社会をつくるためにつくられた、ダイバーシティを学ぶ学校「True Colors ACADEMY」。レクチャー(公開講義)とスタジオ(対話と実践の場)の2部門で開催されたが、一般向けの最終発表・展示を目前に新型コロナウイルスの影響で展示会は中止に。関係者のみで実施したオンライン最終発表会を経て、プログラムディレクターらによる振り返りの座談会を開催した。(ディレクター一覧:
https://truecolors2020.jp/academy/special/directors/

True Colors ACADEMY ディレクター・チーム

・ディレクター:石川 由佳子
・アシスタント・ディレクター:冨田 真依子(ロフトワーク)、武田 真梨子(ロフトワーク)
・プログラムデザイナー:ライラ・カセム、丹原 健翔
・アートディレクター:河ノ 剛史

あなたとワタシ、ワタシと社会の間にある、見えない何かをもっと知ること。
語れなかったことを、もっと言葉にすること。
気づいていない感覚を、もっと形にすること。
そうやって、ワタシの世界は変化し、育まれるものである。
「あなたは世界とどう出会う?」

――True Colors ACADEMY ステートメント

「ダイバーシティ」を高らかに掲げないボトムアップの場をつくる

――True Colors ACADEMY(以後、アカデミー)の「当たり前をズラす」というテーマは、どういった背景からどんな狙いでつくられたのでしょうか? また、ディレクターは何を期待して参加しましたか?

石川 由佳子(以後、石川):
東京2020に向けて、「ダイバーシティ」という横文字が街中で急速に増えてきている印象があったのですが、自分ではその実体を捉えきれていない実感がありました。私は幼少期を欧州で過ごしていて、周りに“色んな人がいる”という感覚や、自分の常識がまかり通らない状況が当たり前でした。だからなぜこんなにも「ダイバーシティ」を人から高らかに言われなくてはいけないのか、そもそもそれはつくれるのか、という問いが自分の中にあって。自分がそのテーマを与えられたら何ができるだろうと考えた時、高らかに掲げるのではなく、個人がきちんとテーマに向き合うボトムアップの場をつくるアイデアが浮かびました。

ライラ・カセム(以後、ライラ):
多様性を大きく掲げている渋谷って、ソーシャル・インクルージョン軸のプロジェクトがそれなりにありますよね。でも、(プロジェクトと)現場との言葉にできない妙なギャップというか、どこか噛み合わない、リンクしない印象が個人的にありました。福祉文脈でデザイナーやアーティストを現場に繋げる活動で私が目にする生々しい人間の創造性は、とてもパワフルで可能性に溢れているものなんです。アカデミーも渋谷が拠点ですが、こうしたイノベーティブなプロジェクトと、当事者、現場をくっつける役割を担いたいと思いました。

丹原 健翔(以後、丹原):
アメリカの大学に通っていた時、僕の知る限り周りは半分近くLGBTQだったし、コミュニティ内の人種差別とかもなく、むしろ多様性は大切にすべきという考えをもつ人たちの中で過ごしました。僕自身がダイバーシティの守られた場を心地良いと思えるようになったので、True Colors Festivalのようなプロジェクトの重要性は強く感じましたし、日本にそういった場がない状態をなんとかしたいと思っていたため参加しました。

いざアカデミーを実装する時には、ダイバーシティの定義はそのコミュニティによって違う、という視点が大事だと思っていて。ダイバーシティをただ“アメリカ式”で提示する姿勢は違う。コミュニティが何よりも必要なのではと思いました。コミュニティとは、とても平たくいうと「何かを軸をした集団」であり、軸を基点に特徴や個性をフラットに見ることができる場です。そういう場が、日本には必要だと思っています。

冨田 真依子(以後、冨田):
もともとダイバーシティというテーマに興味がありました。これは私の感覚ですが、いわゆるミレニアルと呼ばれる私の世代は、いろいろな“個性”をポジティブに捉える考え方に切り替わる節目だと思っていて。もう少し若いZ世代と呼ばれる人たちはよりいろんなことを受け入れやすく、一方もう少し上の世代には「母親なら◯◯すべき」「男/女らしく」等の偏った固定観念が多いことをよく感じます。その中間世代にいる私だからこそできることがあるはずだと思い、プロジェクトの参加を希望しました。

 

 

参加者にとって価値あるコミュニティにするために

――スタジオメンバーには、本当に個性豊かな43名が集いましたね。なぜこんなにおもしろい方々を迎えることができたのでしょうか?(スタジオメンバー一覧:
https://truecolors2020.jp/academy/special/members/

丹原:
プロセスとしては、参加希望者がいくつかの問いに対して執筆したエッセイを、運営側で拝読し選出しました。でも、エッセイを1枚ずつ合格・不合格と仕分けるやり方はしていません。希望者全員のプロフィールを貼り出して、この人たちが集まったらおもしろそうだねとか、これでは議論が偏りそうだと話し合いながら、何時間も顔写真を動かし、彼らでどんなグループをつくれるかを探っていきました。常に全体像を見ながら検討していて、何かの条件に合う合わないを見ることはしませんでした。結果的には、おもしろい人が多すぎて大幅に定員を超えた人数を迎えることに(笑)

石川:
エッセイのテーマは「自分のマイノリティな部分とは」「ダイバーシティというテーマに対する思いとは」といったものです。パーソナルで深い問いが複数あり重めの課題だったと思うのですが、どれも本当にびっしり書かれていて。ひとつ一つ読むだけでもものすごく価値のある作業でした。

丹原:
こういうテーマの公募に関心を抱いてくれる人ってすごくおもしろい人が多くて、アカデミーには結果的にそういう人たちが集まったんだと思います。僕らは、マイテーマがあり行動を起こしている人にとって、アカデミーというコミュニティはどういう価値を持つんだろうとか、コミュニティの中でどういうコミュニケーションを生み出せるだろう、という視点で選定していました。“先生”みたいなポジションになってしまったり、いつもの自分の領域のことしかやらないのならここでやる必要はない。自分の“外”の意見を自分の考えの中に取り入れてアップデートしそうな人、というのがこのコミュニティではみんなにとっていいことだろうと思ったんですね。

ライラ:
この人とこの人が出会ったら“いい摩擦”を起こせるのでは?という視点があったよね。絶対出会うことのなさそうな人をペアにすることを考えたり。Aという人のテーマとBという人の取り組みが掛け合わさったら、どんな化学反応が生まれるかなとかシミュレーションしてました。

――プログラム開始後は、メンバー同士のコミュニケーションを促すためにどんな工夫をしましたか?(※この回答は、座談会当日不在だったアートディレクター・河ノ剛史さんに別途いただいたコメントです)

河ノ:
本プロジェクトでは、様々な色のシンプルな形のモジュールを組み合せることをビジュアルアイデンティティとして設定し、メインビジュアルやツールに展開しました。具体的には、初回の重要な顔合わせのセッション時に、表紙が全て異なるモジュールで構成されたパスポートをメンバーに選んでもらいました。そして「形はすべて同じ組み合わせ、色だけが異なるパーツ」を選んだ人を探し、その相手とインタビューを通じて他己紹介をする、というペアワークを実施しました。

ペアを組むまでは赤の他人だったけれど、「同じ形を選んだ」というストーリーがあると他人とは思えず新たな関係性が芽生えそうな気がしませんか? このように、ビジュアルツールを用いてコミュニティ内のコミュニケーションを促進しました。

このモジュールの記号自体は意味をもちませんが、型や要素は共通であってもその組み合わせには無限のパターンがあります。それはまるで人間の個性のようなものです。アカデミーという場が、活動を通して個性を認め合う場になったらいいなという思いを込めてデザインしました。

 

成果以上に、学びと発見が大事

――ディレクター陣は、各チームにそれぞれ一人ずつファシリテーターとして参加していましたね。自身にとってどんな学びがありましたか?

丹原:
全4回あったスタジオのセッションでは、毎セッションごとにグループ発表があったのですが、ある回で発表できないグループがありました。どのメンバーも切実な思いをもってアカデミーに参加しています。そのせいかどうしても譲れないとグループ内で対立が起きて、結局グループが解消し、「色々事情があってプレゼンできません。でも何らかのかたちでもう一回やり直したい」とそのまま発表されていて。

アカデミーはどのチームも他の回も本当におもしろい作品が沢山あって、何かアウトプットがある状態に馴れていました。でも、これだけ個性ある人が深いテーマで一緒に作品づくりをしているわけで「できなかった」というケースだって到底あり得る。それを目の当たりにできたこと自体が、今振り返ると一番いい学びだったかもしれません。

ライラ:
デザイナーという立場からするとアウトプットがあることが当然と思いがちけれど、アカデミーは成果以上に学びと発見が大事で、その内容やプロセスをみんなでシェアできる点が強みだと思いました。

また、私は普段、デザイナー、福祉施設の支援スタッフさん、利用者さんといった座組みで仕事をすることが多いのですが、それぞれの役割のコントラストが際立つんですよね。一方で、アカデミーのあるセッションで私が参加したグループは、建築家、イラストレーター、理学療法士というメンバー構成でした。そこでは、誰かの領域に過度に引っ張られることなく、彼らのナレッジ(知識、専門性とスキル)を活かしながらそれぞれの人がチームに貢献できる場をしつらえることを意識しました。一見、理学療法士という“士業”はクリエイティブと距離のあるものと思えるかもしれません。でも、このチームのアイデアの中核となる部分は理学療法士の知識から生まれました。それを建築家やイラストレーターの持っている技術と掛け合わせる。役割のバランスを調整すれば、典型的な“クリエイティブワーカー”でなくても良いアイデアはどんどん出ることを実感できたのは良い体験でした。

石川:
アカデミーというコミュニティが、メンバーが安心して心の内を喋れる場になっていたことが私の大きな収穫物です(笑)。実は企画段階に私が想定していたアカデミーのイメージは、以前NHKで放送されていた「真剣10代しゃべり場」という番組。10代の素朴な疑問を結論もなくとにかく熱く語るんですが、そういうのって尊いなと。私はグループの中に入ることはなく全てのチームを見る役割で、SNSグループをつくってそれぞれメンバーとやり取りをしていたのですが、毎日通知数と勢いがすごい(笑)。ワークの内容はもちろん、何かの気づきやパーソナルなことについてなど色んな意見を交換していて、そういう場になっていたのがすごく嬉しかったし、公募時のテーマ設計やコミュニティでのふるまいが鍵を握ることを実感しました。

ディレクターが行なったのははきっかけづくりだけで、自分の専門分野を紹介するワークや、色々な角度でお互いを知るプログラムを途中に入れた程度です。あとはほぼメンバーで自走していて、お互い傾聴しあい、自分の考えを押し付けることなく相手がどう思うかに興味をもつ姿勢だったので、「で、結論は?」みたいな答えを求めず問いを議論する場になっていました。


当事者性のある別視点を得る

冨田:
私は普段Webサイトなどの制作の仕事をしているのですが、閲覧の観点でのアクセスビリティはもちろんあらゆる可能性を、人は考えているようで実は見えていない部分がすごく多いということに気づけました。例えば車椅子のメンバーに最寄駅からの会場アクセスを送る時に、道がとても限られていたことに気づいたり。信じられないくらい遠回りしなきゃいけなかったりして、普段の仕事でもアクセシビリティを考慮した上でのルートマップを作ろうとか、会場設営をしたりとか、色盲の方はこの色どう見えるかなとか、その後の視点に大きく繋がりました。当事者の方と一緒に行動する、一緒に体験を共有するというタイミングがないと全然想像できないという実感は、良い意味でショックでしたね。

石川:
私も、他のアカデミー以外の活動にインパクトがありました。私は都市デザインや場づくり、空間づくりといったハードなものとその中のコンテンツデザインを行う仕事が多いのですが、その設計においていかに想像の幅が狭かったかを感じる場面が何度もありました。

例えば、ライブ会場に行く途中にエレベーターは物理的には存在してもすごく遠かったりして、一緒に行く友達と同じルートで行きにくく、ライブに行くまでのムードが分断される、同じ感動を共有できないという話が印象的で。そういう感情までの想像が到っていなくて設計に落し込めていなかったから、これを機にもっときめ細かく想像を膨らませたいと思っています。

 

自分の多様性を見つけることが、
ダイバーシティの理解に繋がる

――アカデミーはこの春でいったん閉幕となりましたが、スピンオフや新たな企画、展望などはありますか?

丹原:
僕は3月で終わりというイメージはなくて、むしろ今までは土台づくり。まだこれからという気持ちです。例えば、これまで活用していたSNSグループがプラットフォームとなったらいいなと思っています。それぞれ個人のプロジェクトを行う時にメンバーに声掛けをするなど、コミュニティ内で何か企画が自然に生まれていったりすることを期待しています。

ライラ:
私東京藝術大学(藝大)に大学院から入ってるんですけど、藝大の強みは日本一の美術大学であること、ではなくて、出会いだと思っていて。難関大学の藝大に入学することはゴールや成果ではなくて、そこでの仲間との出会いが一番の成果、収穫だと思うんです。アカデミーもそういうところがあると思うんですよね。卒業後しばらく経って同級生から仕事の誘いがあるように、アカデミーのみんなもどこかでこのコミュニティを思い出して、未来でまた繋がったりしたらうれしいなと。同窓会したいですね、いつか(笑)

丹原:
まさに、そういうことが起きるように運営の私たちは頑張ってきたはずで、企画当初は単にマイルストンとして発表会があり、そのためのプログラムをつくるという話や、継続するための提案資料に残せる形にしようといった話もありました。でも最終的には「あんな人たちがこんな場に集まったんだ」ということがいつか思い出されるようなコミュニティづくりをしよう、というコンセプトになったんです。

コミュニティというと、例えば趣味や仕事が一緒だったり、地元が近いとか「共通すること」を軸に生まれますよね。でもアカデミーは「これがズレている」という軸で繋がるところが異質でおもしろい。共通点と繋がるんじゃなくて、ズレていることで繋がることを可能にしているって、きっと他のコミュニティで得られない繋がりが生まれるはずです。だから、何年経ってもこの繋がりが続いていたら、最高にうれしいです!

ライラ:
私は、自分の多様性を見つけることが、ダイバーシティへの理解にも繋がると思うんです。自分と違う人イコール違う人、と思うのではなく、自分の中にあるいつもと違う側面や、場所や時間によって自分の状態も変わることを知る。それにどう気づけるのかというと、究極の他人に出会うことだと思います。全く違う人生を歩む人に出会うことが、ダイバーシティへの一番の近道です。

石川:
まさに。アカデミーのタグラインは、「あなたは世界とどう出会う?」です。ライラが言うように、それぞれの人が、全く違う価値観をもつ「究極の他者」に出会ったり、「知らない自分」と出会うという意味です。出会った時の反応の積み重ねが、まさに多様性をつくっていくんだと思います。

ライラ:
私は、アカデミーのプログラムを通じて、みんなを「自分」から脱皮させたかったんだなと思いました。私見ですが、東京の人って自分に意識が向きすぎなところがあると思うんです。常に物事を自分から考える、妙な自分本位さみたいな。「ダイバーシティについて考えないと」「私はこう考えなきゃ」「人に優しくしなければ」という圧を打破したい。アカデミーも、もしかすると脱皮したい人たちの集まりだったかもしれません。そういう意味での「あなたは“世界と”どう出会う?」だったのかなと今振り返ると思います。

丹原:
ダイバーシティのことを、ルールとして捉えている間は本当のダイバーシティは実現されないと思います。例えば「ルールだから」ゴミをゴミ箱に捨てる人と、「ここにゴミがあるのは嫌だから」ゴミ箱に捨てる人は行動は同じでも姿勢は異なりますよね。

ダイバーシティもテーマがあるだけでは何ら変化は起きなくて、「差別はやめよう」というのはみんな理解はできても、それはルールという表層でしか理解できない気がします。実際に差別されたり、差別された人の本当の思いを痛感したり、そういう機会がないと本当の理解は難しい。だから、アカデミーを通して、当事者視点はもちろん、セッションごとのテーマに関していろんな人の意見をルール関係なく体感できる、気付ける場をつくれたのは、価値あることだったと思います。

 

 

構成・文:原口さとみ

True Colors Festival

歌や音楽、ダンスなど、私たちの身近にあるパフォーミングアーツ。

障害や性、世代、言語、国籍など、個性豊かなアーティストがまぜこぜになると何が起こるのか。

そのどきどきをアーティストも観客もいっしょになって楽しむのが、True Colors Festival(トゥルー・カラーズ・フェスティバル)です。

居心地のいい社会にむけて、まずは楽しむことから始めませんか。

自分自身でいることがスペシャル

音楽家、打楽器奏者/ True Colors BEATS出演者

角銅真実

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