fbpx

voice

働く女性たち:中嶋涼子

  • Share on facebook
  • Email
  • Share on twitter
  • Share on what's up
  • Share on LINE
2022年4月27日

「働く女性たち」は、芸術やアドボカシー活動を通じて自らの目的を推進することをライフワークとする女性たちを紹介するシリーズです。2人目は「車椅子インフルエンサー」として、より多くの日本人が障害者の支援に親しみを持てるよう、自らスポットライトを浴びる中嶋涼子さんです。

働く女性たち:中嶋涼子

Q:障害者に対する考え方を変える力があると気づいたのはいつですか?

4年前、時間の経過とともに歩けなくなる症状のある女性に出会いました。彼女は日に日に症状が悪化していきましたが、コンピュータメーカーで仕事を続け、空いた時間には歌手として活動していました。Facebookで彼女の話を知り、ぜひ会ってみたいと思い、メッセージを送ったところ、親しくなることができました。私よりも病状が悪いのに、いつも前向きで、自立した生活を続けている彼女に、とても刺激を受けました。車椅子ユーザーのガールズグループを作ろうと言い出したのも彼女です。初公演の後、たくさんの障害のあるお客さんが「感動した」と口にしました。彼女との出会いがきっかけで私は仕事を辞めて車椅子インフルエンサーになることを決意しました。

Q:仕事のやりがいは何ですか? 

特に学校での講演は、心にバリアを持たない子どもたちが多いので、楽しいですね。講演の後、子どもたちが私のところにやってきて、いろいろな質問をするんです。「腕相撲ができますか?だって、あなたは腕をよく使うから、腕が大きいんでしょう?できるかな?」とか。時々一緒に遊びます。障害のない彼らとの交流を通じて私は障害のある人とない人の壁を壊すことができると感じます。また、それが私の目標の一つです。子どもたちが成長の中で私のような車椅子ユーザーと遊ぶような経験をすれば、障害者とのコミュニケーションに慣れた大人になるのだと思います。ですから、学校での講演は私の楽しみのひとつです。

Q:水泳に情熱を傾けられるようになったのはどうしてですか?

9歳で車椅子ユーザーになった後、もう泳ぐことはできないと思っていました。私は障害者専門の学校に通っていなかったので、他の子たちが泳いでいるのをただ見ているだけでした。初めて障害者向けの体育の授業に参加したのは、アメリカに住んでいたときです。そのクラスはアダプテッドPEと呼ばれていて、私はアダプテッドスイミングを選びました。初日の授業で、先生も車椅子に乗っていることに驚きました。始めは怖かったのですが、先生がプールの出入りを補助してくれながら、自分でできるように指導してくれて。何度も通いました。障害者のニーズに合わせた体育の授業があることに驚きました。

Q:アメリカと日本では、車椅子使用者に対する認識が違うのでしょうか?

まったく違うと思います。初めてアメリカで外出したときは、とても驚きました。周囲の人たちは私に挨拶をして、なぜ車椅子に乗っているのか、助けが必要なのかと聞いてくるのです。たとえ初対面であっても、会話をしてくれるんです。でも、日本の街角ではそうはいきません。私を見ても、何も言わないし、手伝おうともしない。車椅子に乗った私を見て驚く人もいるくらいです。

Q:このような反応の違いはどのような理由からだと思われますか?

アメリカ人は、障害者や車椅子ユーザーが暮らしている姿を見慣れているので、心の中にバリアがないのだと感じています。だから、障害者とのコミュニケーションに慣れているのでしょう。でも、日本では、外に障害者があまりいないので、どう対応したらいいのか、どうケアしたらいいのかわからないのかもしれません。だから私は、もっと外に出て、多くの人に見慣れてもらうべきだと思うんです。でも、日本では1人が助けに入ると、さらに多くの人が助けようと動いてくれることがあります。なので、これは日本人が控え目なのと、 障害者と接する機会が少ないために、どう反応していいかわからないということがあるのかもしれません。

Q:昨年の東京パラリンピックの開会式で聖火リレーに参加した感想は?

「聖火リレーに応募してみたら?」言ったのは、兄の元彼女でした。私は、障害者の方と出会って自分の人生がどう変わったか、そして日本の社会をより良く変えていくことを目標にするようになりました、と自分の状況を書いて申し込んだところ、受け入れてもらえました。

イベント当日、私は他の4人と一緒でした。そのうちの1人に声をかけられたのですが、そのおばあさんが私が車椅子バスケ部に所属していた頃のコーチだったんです。その方が私にわざわざ声をかけてくださったことがとても嬉しかったです。おばあさんに「障害者にも何でもできる、みんなと同じように生きていけると」言われたとき、私はその言葉を受け入れることができませんでしたが、25年後の私は、彼女と同じメッセージを広めるために活動するものとして、彼女の隣に立っていたんです。

Q:今後、楽しみにしているプロジェクトや公演はありますか?

Amazonプライムで配信が開始された『カイルとリョーコ』というテレビドラマと、5月6日から全国公開される映画『ファーストミッション』で演技というお仕事に挑戦しました。 この映画で特に気に入っているのは、私の病気や車椅子を使うようになったきっかけにストーリーの焦点を当てていないことです。その代わり、私はマフィアのボスを演じましたが、まるで映画『キル・ビル』のように、たくさん叫びました。たまたま、その役を障害者が演じたということで、とても嬉しかったです。

Q: トゥルー・カラーズ・フェスティバルのメッセージは「One World One Family」ですが、この言葉はあなたにとってどのような意味を持ちますか?

みんな家族みたいなものだと思うんです。私も助けてくれる人がいなかったら、自立した生活はできないし、車椅子インフルエンサーとして活動することもできなかったと思います。応援してくれる人、支えてくれる人、みんな家族のような存在です。そして、その人たちからエネルギーをもらったり、私からもエネルギーをもらっていると言ってくれる人もいて、お互いに交流があり、みんなが助け合っている、そんな家族のような存在です。

中嶋涼子(なかじまりょうこ)
1986年 7 月16日、東京都大田区生まれ。 9 歳の時に突然歩けなくなり、原因不明のまま下半身不随になり車いすの生活へ。「横断性脊髄炎」と診断される。突然の車いす生活により希望を見いだせず引きこもりになっていたときに、映画『タイタニック』に出会い、心を動かされる。以来、映画をとおして世界中の文化や価値観に触れる中で、自分も映画をつくって人々の心を動かせるようになりたいと夢を抱く。2005年に高校卒業後、カリフォルニア州ロサンゼルスへ渡米。語学学校を経て2005 年 9 月よりエルカミーノカレッジへ入学。2007年、エルカミーノカレッジ卒業。 2008年、南カリフォルニア大学映画学部へ入学。2011年、南カリフォルニア大学映画学部を卒業。2012年に帰国後、通訳・翻訳を経て、2016年から FOX ネットワークスにて映像エディターとして働く。
2017年12月、FOX ネットワークス退社後に、車いすインフルエンサーに転身。テレビ出演・YouTube 制作・講演活動などさまざまな分野で活動し、「障害者の常識をぶち壊す」ことで、日本の社会や日本人の心をバリアフリーにしていけるよう発信し続けている。

中嶋さんの活動をフォローし、応援するためにInstagramをフォローしてください。
中嶋涼子の車椅子ですがなにか!? -Life on Wheels-

True Colors Festival

歌や音楽、ダンスなど、私たちの身近にあるパフォーミングアーツ。

障害や性、世代、言語、国籍など、個性豊かなアーティストがまぜこぜになると何が起こるのか。

そのどきどきをアーティストも観客もいっしょになって楽しむのが、True Colors Festival(トゥルー・カラーズ・フェスティバル)です。

居心地のいい社会にむけて、まずは楽しむことから始めませんか。

ページトップ