True Colors THEATER
Different is Beautiful. “違い”があるから生まれる豊かさ、美しさ。『コーダ あいのうた』特別先行試写・トークイベント:レポート
Different is Beautiful. “違い”があるから生まれる豊かさ、美しさ。『コーダ あいのうた』特別先行試写・トークイベント:レポート
飛田恵美子
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左から、佐々俊之さん、飯山智史さん、菅田利佳さん、遥海さん、川俣郁美さん(撮影:冨田了平)
「コーダ(CODA)」という言葉を知っているだろうか。「Children of Deaf Adult/s」の頭文字を取った言葉で、「聞こえない親を持つ聞こえる子ども」を意味する。
ろう者の世界と、聴者の世界。両方の世界を行き来するコーダは、複雑なアイデンティティを持ち、ときには特有の困難を抱えることがあるという。現在上映中の映画『コーダ あいのうた』は、そんなコーダの少女を主人公とした物語だ。サンダンス映画祭で史上最多の4冠を受賞し、アカデミー賞最有力候補と言われている。
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『コーダ あいのうた』
監督・脚本:シアン・ヘダー|アメリカ|2021年|112分|PG-12
配給:ギャガ GAGA★
© 2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS
2022年1月14日、日本財団『TRUE COLORS FILM FESTIVAL』と学生団体『東京大学UNiTe(ユナイト)』の共同企画により、本作の日本語バリアフリー字幕版特別先行試写とトークイベントが開催された。
会場ゲストとして登壇したのは、フィリピンと日本にルーツを持つシンガー、視覚障害のある学生、ろう者の日本財団職員だ。実は最初、「どうしてコーダをテーマにした映画のゲストにダブルや視覚障害者が?」と、少し不思議に感じてしまった。だが、映画を鑑賞してその意図を理解した。
それは、この映画がろう者やコーダだけの物語ではなく、すべての人に共通するメッセージを内包する物語だからだ。
Connecting The Dots: The Story of Feeling Through
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会場の様子(撮影:冨田了平)
作品に当事者が関わるからこそ生まれるリアリティ。アメリカ手話監督、アレクサンドリア・ウェイルズ・インタビュー
はじめに、映画のあらすじを簡単に紹介したい。
主人公のルビーは、ろう者の一家の中で唯一の健聴者。幼い頃から家業の漁業を手伝い、家族と地域コミュニティとの間で通訳を担ってきた。そんなルビーだが、高校の音楽教師から歌の才能を見出され、音大進学を志すようになる。しかし、彼女の歌声を聞くことができず、また彼女がいなくなっては困る家族はその夢に反対して……というのが物語の骨格だ。
今回は日本語バリアフリー字幕版での上映とあって、台詞だけでなく“ボトルを乱暴に置く音”といった説明も字幕として表示されていた。「そうか、こうしたちょっとした物音にもたくさんの情報が詰まっているから、ろう者向けに別の方法で伝えなければいけないんだな」と、考えてみればあたりまえのことに気づく。こうした当事者に対する鑑賞サポートは、当事者以外の人に他者の視点や鑑賞体験を想像するきっかけを与える機能も併せ持っているのかもしれない。
Bigger Than Us
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『コーダ あいのうた』
監督・脚本:シアン・ヘダー|アメリカ|2021年|112分|PG-12
配給:ギャガ GAGA★
© 2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS
映画の上映後は、聴覚に障害があり、本作にDASL(アメリカ手話監督)として参加したアレクサンドリア・ウェイルズさんへの事前インタビュー映像が公開された。DASLとは、演劇の経験が豊富で、ろう文化や歴史を理解している人物のこと。作品の時代、地域、出演者の性別に応じて、どの手話が一番ふさわしいかを決定するという。
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©Jeremy Folmer
俳優、ダンサー、監督、教育者でもあるアレクサンドリア・ウェイルズ氏
UNiTeの佐々俊之さんからの質問に答え、ウェイルズさんは「制作における早い段階で、ろうアーティストが関わること」の重要性について語った。
ジョークや悪口、下ネタも含めた多様な手話表現、健聴者コミュニティで交わされる会話内容を読唇により把握しようと目まぐるしく動くろう者の視点、コーダが感じる「ろう者の世界と健聴者の世界のどちらにも属せない」という疎外感。物語を通じて、観客はろう文化の奥深さや当事者が直面する葛藤を自然と知っていく。
でも、もしろう者やコーダを描いた作品の制作に、当事者が関わっていなかったら。当事者が違和感を覚える演出が悪気なく採用されてしまい、間違った認識を世の中に広めてしまう可能性がある。
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インタビューはオンラインで行われた。
『コーダ あいのうた』では、ウェイルズさんが当事者の立場から細やかな調整を行い、さらにろう者の役はろう者の俳優が演じている。こうしたこだわりが細部の描写にリアリティや深みを与え、広く人の心を打つ映画になったのではないだろうか。
日本ではまだ例は少ないが、こうした「当事者の起用」は世界中で広がりつつある。それは、さまざまなバックグラウンドを持つアーティストやクリエイターの活躍の場が増えることも意味する。
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右から兄を演じたダニエル・デユラントさん、母役のマーリー・マトリンさん、父役のトロイ・コッツァーさんは聴覚障害のある俳優。左端はルビーを演じたエミリア・ジョーンズさん
『コーダ あいのうた』
監督・脚本:シアン・ヘダー|アメリカ|2021年|112分|PG-12
配給:ギャガ GAGA★
© 2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS
もうひとつ、ウェイルズさんの言葉で印象的だったのは、この作品が普遍的な物語であるということだ。同世代の友人に対して家族の言動を恥ずかしく感じたり、自分と周囲との違いに戸惑ったり。「ルビーの葛藤は多くの人に通じるものがあったのでは」とウェイルズ氏は語った。本当にその通りだと思う。
ろう者やコーダでなくても、慣れないコミュニティで心細さや疎外感を感じた経験、育った環境や価値観の違いから他者と衝突した経験を持つ人は多いはずだ。
作中では、音楽教師のV先生や級友のマイルズも、それぞれの葛藤を抱えていることが示唆されている。だれもが“ふつうとは違う部分”を持ち、ときにはそれが痛みに、ときには強みに変わる。自身の経験を足がかりとして、他者を理解することもできるだろう。そうした経験を繰り返すことで、人は世界を広げ成長していく。とても普遍的な物語だ。
Different is Beautiful. “違うところ”を持つ3人のトークセッション
続くトークセッションでは、『EMPOWER Project』共同代表の飯山智史さん司会のもと、日本とフィリピンにルーツを持つシンガーの遥海さん、東京大学UNiTe前代表で視覚障害のある菅田利佳さん、日本財団職員でろう者の川俣郁美さんが登壇。それぞれが経験してきたことが、『コーダ あいのうた』の感想を通して共有された。
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鑑賞サポートとして、手話通訳と同時字幕がつけられた。
左から手話通訳の武井誠さん、飯山さん、遥海さん、菅田さん、川俣さん(撮影:冨田了平)
ルビーを指して「自分を見ている感じがした」と形容したのは、フィリピンで生まれ育ち、13歳のとき日本にやってきた遥海さんだ。言葉の壁や「みんなと違う」孤独感を味わったが、音楽や周囲の人々の優しさに支えられ乗り越えることができたという。
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遥海さん(撮影:冨田了平)
小中と盲学校に通い高校から一般校に進学した菅田さんも、音楽に支えられた経験を持つ。点字楽譜でピアノを学び、音楽を通して人とつながってきた。「音楽は国籍や障害の有無といった違いを超えて心に語りかけることができる言語」「文化芸術は一見難しそうに見えることと自分をつなげてくれる力を持つ」と語った。
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菅田利佳さん(撮影:冨田了平)
アジア太平洋地域のろう者支援・手話言語普及事業のコーディネートを担当する川俣さんによると、手話に注目して観るのと字幕に注目して観るのとでは、受け取る印象が微妙に異なるという。
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川俣郁美さん(撮影:冨田了平)
その一例として、川俣さんは親指を広げ人差し指と小指を立てるハンドサインについて教えてくれた。「I love you」の意味だが、ろう者は写真を撮るときや別れの挨拶をするときなどに気軽に使っている。絵文字にもなっているので、 健聴者でも知っている人は多いのではないだろうか。だが、作中のあるシーンで、ルビーはこの人差し指に中指を絡ませていた。これにより、「I really love you」という意味になるという。サインの意味を知ったことで、そのシーンがより印象深いものとなった。
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『コーダ あいのうた』
監督・脚本:シアン・ヘダー|アメリカ|2021年|112分|PG-12
配給:ギャガ GAGA★
© 2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS
トーク内で何度かゲストの口に上ったのは、「Different is Beautiful」という言葉だ。違いに直面したとき、人は壁を感じる。ときには傷ついたり傷つけられたりする。それでも、思いきって新しい世界に飛び込むこと、他者のバックグラウンドを知り尊重することで、自分自身も周囲との関係性も豊かになっていく。人はそれぞれ違うからこそ美しいし、文化芸術はそのことを伝える力を持つ。作品そのものにも当日のイベントにも、そうしたメッセージが通奏低音として流れていたように思う。
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イベントの様子(撮影:冨田了平)
イベント終了後、会場を見渡すと多くの人が勢いよく手を動かし、手話で会話をしていた。音のない静かな会話だが、興奮が伝わってくる。もしかすると、会場では普段ろう文化と関わりのない健聴者の方がマイノリティだったかもしれない。手話を覚えて、「あのシーンどう感じた?」と、感想を語り合いたいと思った。
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イベント運営を行ったUNiTeのメンバーと出演者(撮影:冨田了平)
飛田恵美子
http://www.cotohogu.com/
1984年茨城県生まれ。2010年よりフリーランスのライターとして、社会課題や地域課題を解決するプロジェクトの取材を行う。東日本大震災後、手仕事を通した復興プロジェクトを100以上取材し、2019年に書籍『復興から自立への「ものづくり」』を小学館から出版。現在、手話勉強中。